引きこもり、親の対応より先にすべきことがある

先日、北海道大学の平野直己先生の不登校がテーマの講演を聴く機会があり、その中で、こんな言葉がありました。

支援者たちも強い心配や不安に基づいて、子どもを助けるための「努力」をはじめやすい。

「何が子どもの心に起こっているのか」と理解しようとする心は、不安や心配で失われやすくなる。

その結果として、「学校に行かせるか/行かせないか」という行動上の対応が先行しやすくなる。

このために支援者も、子どもの悪循環に巻き込まれやすい。

つまり、不安や心配が強くなりすぎて、子どもを理解しようなんて考えもせず、子どもの悪循環に巻き込まれていく…。聴いた瞬間、「あ、これは支援者だけじゃない。かつての私だ」と思いました。

子ども不在で、フルパワーで努力していた

息子が不登校になったとき、私は毎日不安でした。とてつもなく。この子の将来はどうなるんだろう。このまま部屋から出られなくなってしまうんじゃないか。何かしなければ、と。

その「何かしなければ」は、すべて親の不安から来ていました。不安から逃れたくて、私は動き続けていたんです。

学校の先生に相談しに行き、引きこもり支援をしている人の話を聴きに行き、ネットで調べて、本を読んで…。

「子ども真ん中」という言葉がありますが、そういう意味では、あの頃の私は子ども不在で努力していました。子どもの声を、全く聴いていなかったし、そんな発想すらありませんでした。

「聴く」ことを学んで、気づいたこと

転機は、コミュニケーションを学んだこと。話の聴き方を知り、まず信頼関係をつくることを知りました。それまでの私は信頼関係なんてピンと来なかったし、何をどうしていいのかもさっぱりわかりませんでした。そんな状態から、子どもが話してくれる関係性を、少しずつ育てていきました。

そしてある日、息子がぽつりと話してくれるようになりました。

そのとき、話してくれた言葉をを聞いて気づいたのです。自分が心配してあれこれ考えていたことと、実際に息子の中で起きていたことは、ほぼほぼ違っていた、と。

驚きでした。「ああこんなふうに考えていたんだ」「こんな気持ちでいたんだ」それはとても新鮮で私を嬉しい気持ちにさせてくれました。同時に、一体これまでは何だったの?と力が抜ける感じもありました。私は息子のことを心配しているつもりで、ずっと自分の不安の中だけで戦っていたんです。

それから私は「子どもの声を聴く」ということを覚えました。子どもが答えてくれるようになると、そこから見えてくるもの、聴こえてくるものを基に、子どもを信じることができるようになります。

講演会や本で教わった「子どもを信じる」は、なかなか腑に落ちませんでしたが、自分の体験したことは すんなり腹落ちしました。

不安は、理解しようとする心を奪う

平野先生の言葉はそれを、まさに言い当てていると思います。

不安が強くなると、人は「理解する」より「対応する」を先にしてしまう。「この子の心に何が起きているの?」という問いより、「どう対応するか」という問いが先に来てしまう。

それは親も、支援者も、変わらない。不安という感情は、人間みんなに起きる、自然な反応だから。

だから、自分を責めなくていいんです。

ただ——不安が先に立つとき、子どもの声は受け取りにくくなる、ということだけ、頭の片隅に置いておく必要があります。

「対応」の前に、一つだけ

お子さんが引きこもりになったとき、真っ先に浮かぶのは「どう対応すればいいか」という問いかもしれません。それは自然なことです。

でもその前に、一つだけ。

「今、この子の中で何が起きているんだろう?」

その問いを持って、子どものそばにいてみてください。答えを出そうとしなくていい。ただ、知りたいと思う気持ちで。

子どもは、ちゃんと教えてくれます。その準備ができたときに。

もし今、「どんな問いを持てばいいかもわからない」「子どもと話せる気がしない」そんな状態なら、まず自分の気持ちを話してみませんか。

無料相談では、正解をお伝えするのではなく、あなたと一緒に「お子さんの中で何が起きているのか」を考える時間にしています。