
本日、11月の親の会開催日でした。
お聴きして楽しいお話、嬉しいお話。穏やかな親の会でした。
子供が引きこもりや、不登校の状態になって初期の頃は、
「どうしたらいいんだろう」「今の対応で正しいのだろうか?」という不安をよくお聞きします。
この不安を注意深く聞いていきますと、親の心に、子どもの現状を受けとめきれない混乱がある場合と、良い親、正しい親にならなければという思いから来ている場合があるように感じます。
現状を受けとめきれない混乱の時期というのは、子どもの引きこもりや不登校状態の初期に多くの方が経験されます。我が子が想定していなかった成長の道を進むという、予期せぬ出来事ですので自然なことだと思います。我が身を振り返ってみると、そこから落ち着きを取り戻した次に、子どもに起きている状態を受けとめる段階が見えてきたと思います。
良い親、正しい親にならなければという思い、これは、いつのまにか染みついた考え方で、親の会に来られる親御さんに多いように思います。まず、私もそうでした。周りの人と比べて、出来ないことは恥ずかしいとか、良いことではないと学びながら大人になりました。
よく出来る人は、分かりやすく褒めたたえられ、そうではない人は、ダメだと判断されたり、時には笑われたり、もっと努力するようにと教えられてきました。
そういう世界観の中で生きてきて、周りの子どもさんは学校に行っているのに、自分の子どもは行っていないとなった時、非常に困った訳です。親の自分が、困っている。
ところが、そこが見えないんです。「出来ない人は、ダメだと判断されたり、時には笑われる。もっと努力しなければならない。」という考えが、子育てに深く影響していて、だからこの子を、何とかして変えなければならない。学校に行かせなければならない。と自分が子どもの人生を変えられるかのように、勘違いをすることがあります。私は子どもの人生と自分の人生は一心同体のように思っていたんです。そうではなく、親と子それぞれ別々の人生を生きているということを本当の意味で理解することは、大変な事でした。
以前の自分は、評価や判断を重視してきたことにも気づきました。
良い親、正しい親にならなければ、という思いで子育てをしていた時は、評価や判断を重視しているので、子どもの思いや、持っている長所や能力が見えていませんでした。こう成長していくだろうという自分の想像したイメージを見ていて、目の前の子どもを見れていなかったことが、今は分かります。
今は、想像ではなく現実の子どもを見るようにしています。もっと早く気づきたかったと思いながら、でも気づけて良かったと思っています。子どもの持っている力に注目することで、心がこもった肯定的なまなざしを向ける事も出来るようになります。
良い親、正しい親という考えに縛られて、子どもの引きこもりや不登校の状態を受け入れられない事は多くあるようです。でも私たちは、良い親、正しい親になるために生きているわけではありません。自分らしく、ありたい姿を生き、楽しみ、喜び、満足を味わう背中を子どもたちに見せていきたい。そう思います。
